大学の卒業を控えた22歳のレジルは、スポンサー(支援者)に宛てて、手紙を書きました。

「私の目の前には明るい未来が待っています。貧しいがゆえに、学校に行けない子どもたちもたくさんいます。誰もが大学で勉強する機会を与えられるわけではありません。その中で、私の教育を支えてくださったことに、感謝しています。」

「私はチャイルドとして、さまざまなプログラムに参加することができました。たくさんの友だちができ、素晴らしい思い出ができ、そして、良い人生の歩み方を学びました。今の私があるのは、私を助け、導いてくださった方たちのおかげです。スポンサーさん、協力センターのスタッフの皆さん、友だち、両親、たくさんの方々。もうすぐ私は大学を卒業して、夢を叶えることができます。家族を助けるという夢です。家族に家を建てたいと思います。家族の生活を楽にしたいと思います。これから、その夢を叶えていきます。本当にありがとうございました。」

貧しい家庭でも努力を続けたレジルは、支援によって大きく成長しました。

貧しい家庭と、努力家のレジル

レジルがスポンサーシップ・プログラムの対象となった当時の記録。

レジルが支援を受けるチャイルドになったのは、小学4年生の10歳の時です。父親はトラックの運転手をしていましたが、仕事は不定期にしかなく、家族は貧しい生活を強いられていました。電気はなく、水は共同の井戸からくみます。一間しかない小さな家に、両親と6人のきょうだいとともに、9人で暮らしています。

レジルは、小さな時から勉強熱心な努力家でした。しかし家庭は貧しく、7人のきょうだい全員が十分な教育を受けられる状況ではありませんでした。そこでレジルは、スポンサーシップ・プログラムの支援を受けることになりました。学用品などの支援を受けて、レジルは勉強が続けられることになりました。

ご飯を食べて、勉強にも集中できる

支援を受けるようになって、すぐに目に見えて変わったのは、レジルの健康状態でした。貧しいために栄養のある食事を十分にとることができなかったレジルは、小学4年生の時点で、身長も体重もフィリピンの女の子の平均値を大きく下回り、痩せていました。
支援を受けることになったレジルは、補食プログラムによって、定期的に栄養のある食事をとることができるようになりました。「きちんとご飯を食べて、勉強にも集中できるようになった」とレジルは話します。

13歳になったレジルは、最優秀の成績で小学校を卒業し、ハイスクールに進学しました。レジルの暮らす地域では経済的な貧しさのため、ハイスクールに進学できず、小学校を卒業してすぐに働く子どもも少なくありません。レジルは支援を受けながら、ハイスクールでも一生懸命勉強を続けました。

教育を支援することは、子どもの将来を変えること

勉強したいと望んでも学校に通うことができない子どもたち

支援を受けていた当時、家庭訪問に来た協力センターのスタッフと。

フィリピンなどの国では、勉強したいと望んでいても、貧しさのため、学校に通うことができない子どもがいます。貧しい家庭では子どもも重要な労働力としてみなされ、小学校を卒業してすぐ(あるいは小学校を中退して)、生活のために働かなければならない場合もあります。家事の手伝いやきょうだいの世話で忙しく、学校に通えない子どももいます。

しかし、十分な教育を受けていない子どもは、賃金などの条件がいい仕事に就くことはできません。ハイスクールを卒業していなければ、大人になってから就ける仕事も限定されます。貧しいから学校に行けない、学校に行けないから貧困から抜け出せない。その悪循環を断ち切るためには、教育を支える必要があります。子どもの教育を支援することは、子どもの将来を変えることにつながります。特に、レジルのように一生懸命勉強するチャイルドは、支援を最大限に活かし、自らの人生を切り拓くことができます。

現在レジルが関わるプロジェクトの設計図を見ながら。

「努力が報われて嬉しかった」とレジルは振り返る

最優秀の成績で小学校を卒業したレジルは、ハイスクールでも優れた成績を維持し、2年生の時は学年1位の成績をおさめました。レジルは、チャイルド・ファンド・ジャパンの奨学金制度を活用して、大学への進学を目指すことにしました。もちろん、奨学金がなければ大学に通う余裕は家庭にはありません。大学と奨学金制度、2つの合格を目指して、レジルはより一層熱心に勉強しました。

そして、無事、大学の土木工学科に合格することができました。「努力が報われて嬉しかった」とレジルは振り返ります。チャイルド・ファンド・ジャパンも、レジルの成績と努力を認め、奨学金を提供して、引き続き支援を続けることを決めました。レジルは大学に進学し、勉強を続けることになりました。

【左】土木技師として活躍するレジル、現場にて。【右上】支援を離れたあと、協力センターのスタッフとの久しぶりの再会。【右下】家族と一緒に家の前で。

レジルが書いた、スポンサーに向けた最後の手紙

大学では家屋や社会インフラなどの設計を学びました。特に、台風や洪水による被害を軽減する、防災のシステムを専門とし、研究を行いました。そして、4年間の大学も無事、卒業することができました。大学卒業後には、土木技師の試験にも合格し、資格を取得しました。レジルは、スポンサーに向けて最後の手紙を書きました。

「お元気で過ごされていることと思います。今日は、ご報告があります。私は、土木技師の試験に合格し、資格を取ることができました!あなたの支えがなければ、合格は不可能でした。スポンサーシップ・プログラムを続けてくださったことに感謝いたします。どれだけ感謝してもしきれませんが、この短い手紙で、私の思いを少しでもお伝えすることができればと思います。本当にありがとうございました!」

【1対1の関係を大切にする支援方法】

スポンサーシップ・プログラムは、支援者とチャイルドの1対1の関係を大切にする支援方法です。支援者は手紙のやりとりによって、チャイルドと交流することができます。レジルは、支援を受けていた間、ずっとスポンサーを大切に思い、感謝し、交流していました。「吉谷さん(スポンサー)が送ってくださった手紙は私の宝物です。吉谷さんが励ましてくれたから、もっと勉強をがんばろうと思いました。」と話します。

12年間レジルを支えたスポンサー、東横INN東西線西葛西の支配人、吉谷宏美さんにお話を伺いました。

「合格後に喜んでいる姿を想像すると胸がいっぱいになります」

東横INN東西線西葛西のスタッフの皆さんと吉谷さん。

「レジルが土木技師の試験に合格したと聞き、とても驚きました。毎年送られてくる「成長の記録」に載っている身長と体重を見て、とても小柄な女の子だと感じていたので心配になりました。でも、彼女からのお手紙を受け取り、自信に満ちた彼女の文章を読み、安心しました。
小学生の頃から努力していたことを知っていたので、土木技師の試験を受ける際に一生けんめい勉強している姿がすぐ目に浮かびました。そして合格して喜んでいる姿を想像すると胸がいっぱいになります。レジルちゃんの成長を見守ることができたこと、本当に嬉しく思います。」

吉谷さんは、レジルがスポンサーシップ・プログラムを無事卒業したあとも、レジルのように夢をつかむ子どもを増やすために、今も新たな子どもの支援を続けています。

私たちチャイルド・ファンド・ジャパンは、1975年から、レジルのようなアジアの子どもたちを支える活動をしています。その活動は、みなさまからのご支援によって支えられています。

あなたの支援が、子どもたちの未来を切り開きます。

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